あだしの 念仏寺 「しおり」より
| 寺伝によれば お寺が建立されたのは 約1100年前、弘法大師が、五智山如来寺を 開設され、野ざらしとなっていた 遺骸を埋葬したと 伝えられる。 境内にまつる 八千体を数える石仏.石塔は 往古化野(あだしの)一帯に 葬られた人々の お墓である。 何百年という歳月を経て 無縁仏と化し あだし野の山野に散乱埋没していた 石仏を 明治中期、地元の人々の協力を得て 集め、釈尊宝塔説法を 聞く人に なぞらえて配列してある。 この無縁仏の霊に ろうそくをお供えする 千灯供養は、地蔵盆の夕刻より おこなわれる。 石仏や石塔が肩を 寄せ合う姿は 空也承認の地蔵和讃に これはこの世のことならず、死出の山路のすそのなるさいの河原の物語・・・・・・ 嬰児が 河原の石をとりあつめこれにて 廻向の塔をつむ 一重つんでは父のため、二重つんでは母のため・・・・ とあるように、 嬰児が 一つ二つと石を積み上げた 河原の有様を 思わせるから 西院(さい)の河原という |